工学の勉強から音楽の世界へ
在日ベトナム人の想いを音楽にのせて届けたい
グエン・ティ・ビック・ハー さん
コイメディア創立者、黒ック/リーダー&ギタリスト

グエン・フー・マイン・コイ

2020年10月にデビューした日越ロックバンド「黒ック/KURROCK」でリーダーとギタリストを務めるグエン・フー・マイン・コイ(KJO)さん。工学を学ぶ留学生として来日し、幼い頃から親しんだ音楽で卒業後は日本で起業しながらプロのミュージシャンとしても活躍。異色のキャリアに注目が集まっている。

イベントに汗流した学生時代
日本で起業、プロの音楽家に

物質工学の勉強のため2009年に留学生として日本へ来たコイさんは、5歳からピアノを習ってきた大の音楽好きだ。大学ではピアノクラブに所属した。
「とくにライブコンサートを開催した時のことが印象に残っています。なにせ広報企画から会場設営、チラシ配りまで、学生とは思えないほどのプロ意識を持ってやり抜く。そんな部活動のおかげで多くのことが学べました」
そのほか、学生時代には、在日ベトナム学生青年協会(VYSA)にも参加。副会長として日越文化・音楽交流イベントの広報や制作を担当するうちに、音楽イベントに関わる仕事で生計を立てたいと思うようになった。
「日本にはベトナム人によるイベント会社がなかったので、大学卒業後の2017年に、画像や音楽、デジタル・コンテンツを制作、プロデュースし、イベントも手がける会社『コイメディア/KOI MEDIA』を立ち上げたんです。ベトナムのミュージック・シーンを代表する歌手のカイン・リー(Khanh Ly)さんやホン・ニュン(Hong Nhung)さんが来日した時は、通訳や公演の企画のほか、ピアノの伴奏もさせてもらいました」
“日本初”の日越ロックバンド「黒ック」も2020年10月に活動をスタートさせた。メンバー構成はベトナム人5人と日本人1人で、リーダーのコイさんはギターを担当。在日ベトナム人の声をベトナム語と日本語の歌詞にのせて届け、互いの文化に対する関心を高めていきたいと思っている。
「日本で暮らすようになったことで、私のキャリアは完全に変わりました。日本に来ていなかったら、おそらくエンジニアか教師になり、私にとっての音楽は仕事ではなく趣味で終わっていたでしょう」
 

 

大変な時に支えてくれた日本人
「時間と誠意」で信頼関係築く

「黒ック」はデビューしたものの、日本での行政手続きは複雑で、外国人バンドという存在自体に違和感を持たれてしまうことも多い。一方で支えてくれる日本人も少なくなかった。ファンが公演スケジュールについて助言してくれたり、デザイナーや小説家、ジャーナリストなどのプロたちがミュージックビデオの作成や歌詞の編集、バンドのプロフィール紹介を手伝ってくれた。 
「自分の音楽がやっと形になり、多くはないものの一定の日本人が受け入れてくれたのです。すべての公演を見に来てくれた方もいて、本当にありがたかったです」
日本人と親しくなるには信頼関係が非常に大切で、そのためには時間と誠意が必要だとコイさんは話す。その一例が黒ックで唯一の日本人メンバーでドラム歴22年のダイスケさんだ。最初は遠慮がちに接していたが時間をかけて連絡を取り合い、いろんな話をするようになった。
「ある時、黒ックのドラマーを探してほしいと彼に相談したら、意外にも彼自身が手を挙げてくれました。そんなに親しかったわけではないのに、これまでの会話から自分の情熱を追求する私のやり方に共感し、信じてくれたのです」

 

音楽でベトナムと日本を繋ぐ
日本人の心開かせるためにも

コイさんは法律や制度だけでなく、文化や精神的な面でも、日本人がベトナムや他国に対してより“心を開く”ことを望んでいる。
「日本とベトナムの政府は、互いの国民をもっと受け入れられるようにする必要があると思います。留学や仕事で来日するベトナム人は家を借りる、仕事をする、外出する、音楽を演奏するなど、あらゆる面で苦労をしています」
また日越外交関係樹立50周年イベントを通して、日本人が両国の関係にもっと興味をもつきっかけが増えればと願う。
「日本で暮らし始めて15 年になりますが、ベトナム人が思っているほど日本人はベトナムについて知らないことが分かりました。私は音楽をベトナムと日本の架け橋にして、ベトナムのことを日本のリスナーに伝え続けていきたいと思います」

 

5歳からクラシックピアノ、17歳からクラシックギターに親しむ。2009年に日本の文部科学省の奨学金留学生として来日。2017年に音楽・イベント制作会社「コイメディア/KOI MEDIA」を創立し、翌2018年に日越外交関係樹立45周年公演の舞台監督を務めた。2020年に日越ロックバンド「黒ック」を立ち上げリーダー&ギタリストを担当。

 

取材・文/Sketch Co.,Ltd.