日本での研究職の道をあきらめず
量子材料の世界の扉を開く
グエン・ティ・ビック・ハー さん
物理学博士

グエン・トゥアン・フン

東北大学物理学博士のグエン・トゥアン・フンさんが初めて日本へ留学してから約9年が経つ。ベトナムと日本の違いを乗り越え、量子物理学へのあくなき好奇心を持ち続け、研究職の道を明確に見出してきた。両国のより良い関係のために、自らの知識や経験を日々、日本や祖国の同胞に伝え続けている。

日本留学の夢をあきらめない
「七転八起」

フンさんは2010年にハノイ工科大学機械工学部の学生としてアジア・太平洋ロボットコンテスト「ABUロボコン」に参加し、落選した。意外なことに、これがフンさんへ新しい未来を切り開いた。

「コンテストに落ちて悔しかった私は、京都大学から戻られたベトナム人教授による材料シミュレーションプロジェクトに参加し、そこで日本への留学を勧められました。材料の研究に興味がわいて『日立スカラーシップ』と『AUN/SEED-Net』の奨学金に申し込みましたが、落ちました」

日本との縁が終わり、研究職には進めないと考えたフンさんは失意のまま、卒業後はニャチャンで建設業界に就職。辛かった当時、大好きな本『カーボンナノチューブの物理的性質』(原題:Physical Properties of Carbon Nanotubes)を思い出し、著者である東北大学の齋藤理一郎教授にメールを送った。

「先生の励ましを受けて、文部科学省奨学金(MEXT)に申し込みましたが、また落ちました。それでも諦めずに東北大学の学生向けの奨学金『MDプログラム』を申請しました。これは東北大学への入学が必須条件でしたので、8割の確率で合格できると見込み、お金のない私は日本へ行くことを決めました」

夢を諦めず4度目の挑戦で奨学金の給付が決まり、研究職を追求するための日本留学が実現した。

 

 

ベトナムと日本の違いを超えて
有名な大学院で物理学研究機会を取得

日本での研究職の道は多くの困難が待っていた。

「日本へ来たばかりの頃、寒さの厳しい冬に防寒着もなく毎日7km坂道を通学することは大変でした。また、日本人の仕事のやり方に慣れていなかったため、別の研究所の相談会に参加した時、働いていた大学研究所の教授に事前に知らせておくべきだったと注意を受けました。とても後悔し、長い謝罪メールを書きました」

日々、多くの違いに直面しながらも、日本で物理学研究の道を進むことは正しい選択だと信じていた。

「量子材料をはじめ、物理学の世界は非常に魅力的なのです。インターネットで検索しても情報が出てこない物理学の知識への興味は尽きません。初めてその知識に触れた時は短い糸のようなものでしたが、深く研究していくうちに糸は長くなり、非常に興味深い知識へとつながりました」

日系自動車メーカーのR&D部署でインターンシップを経験したほか、現在は米国マサチューセッツ工科大学の客員研究員としても活躍している。

 

在日ベトナム人の
イメージ向上に期待

フンさんは在日ベトナム知識人のコミュニティ「一般社団法人在日ベトナム人学術ネットワーク」の交流イベントや個人のSNSを通じて、日本で取得した学術知識や、奨学金の申請経験などをベトナムの若者に共有している。同時に、在日ベトナム人のイメージをずっと懸念している。

「日本ではベトナム人が増え、盗難などで日本人に悪いイメージを与えています。優れた人材やベトナム文化イベントなどを通じて、在日ベトナム人のイメージを向上させたいですね。希土類などの天然資源が不足し、超高齢化社会となった日本に対し、ベトナムからの天然資源と質の高い若い労働者は大切です。ベトナムにとっては、日本の技術と経験を享受したい。互いの強みを徹底的に交換することで、日越関係がますます発展していくことを願っています」

 2014年に東北大学マルチディメンジョン物質理工学リーダー養成プログラムに参加、2017年に青葉理学振興会賞を受賞。
 2019年、東北大学で博士号(科学)を取得後、学際科学フロンティア研究所の助教となり、現在は米国マサチューセッツ工科大学の
 客員研究員として固体物理を主に研究。

 

取材・文/Sketch Co.,Ltd.