器用で勤勉なスタッフと共に
美容業界の地位向上に貢献したい
グエン・ティ・ビック・ハー さん
ヘアサロン「テトテ」/オーナー

阪下 正樹(さかした まさき)

日本での安定した職を捨て、日本の技術と細やかなサービスを人々に届けるべく、ハノイの地で美容室を開店した阪下正樹さん。「伝え、受け取り、つながる手」との想いを店名に掲げたヘアサロン「テトテ/te to te.」は、今や日本人はもとより、多くのベトナム人にも愛される店になっている。

チャンスを信じ、伝手なしでのハノイ起業
支えてくれたのはスタッフだった

理髪店を営む家庭に生まれ、幼い頃から美容の世界に親しんできた阪下さん。両親に倣い理美容専門学校へ進学したが、ブレイクダンスにはまり、卒業後はアルバイトで生計を立てながら国内外の大会に出場する日々を送っていた。
「特に海外の大会では多くの刺激を受けました。怪我をしたためダンスは断念しましたが、資格を生かし美容師となった後も海外への憧れは強く残っていて。もし自分の店を持つなら日本以外でと漠然と考えていました」
2009年頃、そんな彼のもとに転機が訪れた。
「ハノイには日本人美容師が少なく店を出すチャンスがあるらしいと、ベトナム好きの妻から提案を受けたんです。しかし、当時はまだスタッフの美容師だったので、マネジメントなど運営の経験を積み、2014年にようやくベトナムに来ることができました」
仕事を辞め、家族を連れて見知らぬ国で起業する。今思えば大きな決断だった。それまでベトナムを訪れたことはなく、知識も伝手もない。しかし、店を開くならばこだわりたいと、客席は多めの7席を用意。内装も日本さながらモダンに整え、環境とサービスを充実させた。だが、日本人には好評なものの、ベトナム人の客足は思ったように伸びない。そこで料金が高いのではと、ベトナム人向けに大幅割引を行った。
「ところが新規のお客様は増えたのですが、逆に既存のお客様が減ってしまったんです。そんな時にアドバイスをくれたのが、ベトナム人のスタッフでした。ベトナムでは価格によってお客様の質も変わる。店舗がきれいで技術や接客のレベルも高い店なのに、価格を下げるとその良さを理解してくれる本当に欲しいお客様が減ると教えてくれたんです」
料金を戻してみると、価格重視の客層は去り、それらを敬遠していた従来の客層が戻ってきた。さらには店の評判も次第に高まり、今では良い循環が生まれてきているという。

 

 

イエスマンにならないように、させないように
意見を持つことの大切さを知る

日本では国家資格が必要な美容師だが、ベトナムに同様の制度はない。美容専門学校はあるものの、店で働きながら技術を学び、独立するのが一般的だ。
「美容師には髪や薬剤の知識、接客マナーなど、覚えることがたくさんあります。しかし、ベトナムの美容師は知識よりも技術の習得に力を注ぐイメージがあります」
独立を目指すスタッフから思わぬリクエストを貰ったこともあった。技術の習得にはシャンプー、基本のカット、より高度なカットなど、店で行うテストで合格点に達すれば次のステップに進めるが、不合格ながら次を学びたいというのだ。
「カットは上手にできていましたが、店の基準が20分のところ、倍の40分をかけたため不合格でした。しかし、自分が開きたい店の客層は40分かけても問題がない。だから次に進んだ方が自分にとってプラスだと言うんです。新しい考え方だ! と驚きました。それならば早く全部教えてあげたほうがいいと思いましたね」
日本在住時は言われた仕事を的確にこなし、決して首を横に振ったことがないと自負していた阪下さん。しかし、それはただの“イエスマン”でしかない、自分の意見がなかっただけ、と今では思うようになった。
「基本的な技術や接客は徹底して教育しますが、ベトナムのことはやはりベトナム人が一番良く知っています。言うことを聞け、という姿勢だけではベトナムでは無理。私自身もスタッフが自分の意見を言えるよう、彼らが“イエスマン”にならないように気を配るようにしています」

 

憧れの職業=美容師
そんな未来を日越の業界交流に願う

店には美容専門学校を卒業したばかりの新人が入ることもある。しかし、誰もが勉強熱心で、想像をはるかに超える器用さで上達していく。マニュアルも用意しているが、自ら練習し、技術を高めていく姿には今も驚くと話す。
「だからこそ、彼らが自分の技術でずっと食べていけるような環境を用意してあげたいと思っています。2022年の11月には新しいスタイリストもデビューしました。今後は彼らのための店を作ってあげるのが目標ですね」
また、それらの活動がベトナムの美容業界のレベルアップ、ひいては美容師の地位向上にも繋がればと期待する。
「昔の日本のように、ベトナムではまだ美容師という仕事は社会的地位がそれほど高くありません。親の反対に遭ってやむなく店を辞めるスタッフもいました。幸い、今のハノイには若い日本人の美容師が増えてきています。ベトナムも若い国なので、若い人同士で交流し一緒に盛り上げることができれば。日系サロンだとベトナムの美容師を日本へ連れて行き、勉強してもらう機会があってもいい。美容師のレベルが上がることで、将来的に業界全体の価値や地位を高められればと思っています」

1982年大阪府生まれ。理美容専門学校を卒業後、日本国内外でダンサーとして活動する。怪我を機にダンスを断念し、美容師の道へ。大手ヘアサロンのマネジャーを務めるなど経験を積み2014年に独立。ハノイに開いた「テトテ」では、オーナー兼スタイリストとして日本の技術を用いた各種ヘアケアサービスを提供している。

 

取材・文/杉田憲昭(Grafica Co.,Ltd.)
ベトナム語翻訳/Lưu Bích Dung
編集/Sketch Co.,Ltd.