ベトナムが誇る舞台芸術を
ベトナムと世界の人々へ伝えたい
グエン・ティ・ビック・ハー さん
アラベスクダンスカンパニー/ダンサー

巽 千華(たつみ ちか)

ベトナムの舞台芸術は近年、世界でもその魅力が注目され始めている。日本人でありながら、同国のコンテンポラリーダンス界の最前線を走る「アラベスクダンスカンパニーベトナム/Arabesque Dance Company Vietnam」の巽千華さん。ベトナムはアーティストとしての自分にとって、大きな存在と語る。

欧州でのプロ活動から転身
東南アジアの舞台に飛び込む

ホーチミン市のオペラハウスをはじめとした国内劇場をはじめ、ヨーロッパや韓国、日本での公演も行う「アラベスクダンスカンパニーベトナム」(以下、「アラベスクベトナム」)。代表作の『ザ・ミスト/The Mist』などでメインダンサーを務める巽さんは、オランダでプロとして活躍していたが一転、ベトナムへの道を選んだ。

「欧州での生活は充実していましたが、慣れ親しんだ環境に成長の壁を感じる部分もありました。そんな時、私が幼い頃にダンス留学生として同じ日本のバレエ教室で学び、旧知の仲だったグエン・タン・ロック監督に相談したところ、彼の劇団に誘われて2015年にベトナムへ来ることになったんです」

発展に沸く活気ある国に、きっと新たな刺激をもらえると訪れたベトナム。しかし、ダンサーをとりまく環境の違いに当初はストレスを感じることもあった。

「日本や欧州では専門の学校や教室でプロ同様のレベルまで学んだ後、団に入ることが一般的です。しかし、ベトナムのダンス学校は夜間のみのレッスンが主。表現力や体作り、用具の手入れを含めたダンスに対する姿勢まで十分に学ぶことができていないようでした」

しかし、それらは触れる情報量など環境の差によるもの。ダンサーも指導する先生も、誰もが一生懸命だった。代表のロック氏は世界的エンターテインメント集団「シルク・ドゥ・ソレイユ」での経験があり、「今は現在の団に入れて幸せ」と巽さんは話す。

「ベトナムの田舎を題材とする『ザ・ミスト』では、地方の農村で合宿を行い、人々の暮らしや所作を実体験で学んだりもしました。舞台上では私が一瞬でも崩れると、他の人も全て崩れてしまう。技術だけでなく精神面も鍛え、ベトナムの文化や心情を踊りにどのように反映しようかと日々試行錯誤しながら努力しています」

 

 

突然襲った数々の困難を
人生の力に変える

長年アーティストとして人生を歩んできた巽さん。しかし、ベトナムでの活動には思わぬトラブルもあった。

「アラベスクベトナムが2018年にフランス公演を行う直前、前十字靱帯と半月板を損傷する大怪我を負いました。その後に日本公演も控えていた時期で。手術により回復しましたが、当面の公演は全て降板、当時はとても落ち込みました」

長期療養とリハビリを経てようやく復帰となった頃、今度はコロナの蔓延により劇団の活動自体が停止された。

「ダンサーとしての生活もここまでかと思いアラベスクベトナムを退団。転職をして約1年間、日系企業でお世話になりました。しかし、海外暮らしが長かったため、その会社で日本の習慣やマナーを学べたことは、とても大きな財産になっています」

コロナ明けの2021年、アラベスクベトナムの活動再開を受け、巽さんは再びダンサーに戻った。

「子どもの頃からダンス一筋でしたが、ベトナムでの生活はアーティストとして生きることの厳しさ、難しさを痛感させられました。でも、自分に向き合い、困難に耐え鍛えられることで得られたものも多い。今では私の人生に本当に大きな影響を与えた国だと思っています」

 

感動はベトナムの人々も同じ
日越でダンスを通じた文化交流を

「そもそもベトナムでは一般の方々が劇場を訪れる機会が少なく、チケットを購入して公演を観たいという気持ちもまだ強くない印象です。ただ、劇場に足を運んでもらったお客様の中には感動して涙してくれる方もいます。誰もがダンスや舞台芸術に親しみ気軽に楽しむ、そんな環境ができれば良いなと思っています」

そのためにも、劇団が個々に活動するだけでなく、両国の文化交流のひとつになれればと話す。

「ダンスや芸術の認知向上になる上、ダンサーや作品のレベルアップにも繋がります。照明でも舞台制作でも、関わるものなら何でもいいんです。ワークショップなどを開き、互いに刺激し合える場があれば嬉しいですね」

劇団には各地での公演のほか、企業が開催するイベントなどへの出演依頼もやってくる。そこで、今後は日本や日系企業との窓口にもなりたいという。

「まだ計画中ですが、ダンス教室も開く予定です。技術だけでなく、日本のおもてなしの心や丁寧さ、気遣いの心をベトナムに。逆にベトナムの芸術を日本に伝える。そんな活動を、アラベスクベトナムを通じてできればと思っています」

 

1991年神奈川県生まれ。3歳からダンスを始め、中学1年生の時に中国のバレエダンス学校へ留学。卒業後、オランダの芸術大学で技に磨きをかけプロダンサーの道に入る。2015年、アラベスクダンスカンパニーベトナム代表グエン・タン・ロック(Nguyen Tan Loc)氏の誘いを受けてベトナムへ。『ザ・ミスト』ほか、様々な演目でメインダンサーを務める。

 

取材・文/杉田憲昭(Grafica Co.,Ltd.)
ベトナム語翻訳/Lưu Bích Dung
編集/Sketch Co.,Ltd.